ガストロノミーという言葉をご存じでしょうか。日本語では美食術と訳されていますが、現代では、単なる美食の枠を超えた、文化や食をとらえなおす概念となっています。
この記事では、ガストロノミーの意味や歴史、旅や食をとりまく課題について解説します。
ガストロノミーとはどんな意味?
ガストロノミーは、古代ギリシャ語の「ガストロス」(γαστρος、消化器)と「ノモス」(νομος、学問)を合わせてつくられた言葉です。
日本語では「美食術」や「美味学」と訳されています。しかし単なる美食の枠を超え、「おいしい」を基準としながらも、視覚や聴覚までをつかってたのしむ食の体験や文化や遺産、伝統、アイデンティティ、コミュニティなどを包含する概念が、現代における「ガストロノミー」だといえます。
かつては、王侯貴族の贅を尽くした料理を指すこともありましたが、現代の意味に近くなったのはおよそ200年前のこと。
当時のフランスの美食家・ブリア=サヴァランが、著書『味覚の生理学』(邦題:美味礼賛)で書いた美食の哲学が、現代に続く「ガストロノミー」の源流とされています。
ガストロノミーの歴史
かつて紀元前4世紀のギリシャには美食家の詩人・アルケストラトスがいました。
残念ながら彼の詩作は戦火で失われており、その全貌をみることはできませんが、後世の詩人の作品や研究から、食をたのしみ、それを詩にあらわしていたと言われています。
それから長い時がたち、フランス革命後の1801年に詩人、ジョセフ・ベルシュウが詩篇『ガストロノミー』を世に出します。こうして「ガストロノミー」という概念がよみがえると、19世紀のフランス・パリにレストランの黄金期が訪れます。
レストランの発展との関係
ガストロノミーの発展には、レストランの台頭が大きく寄与しました。
18世紀末から19世紀初頭にかけて、フランスではレストランが急速に普及し、高級な食事を提供する場として人々の関心を集めました。
当時の一流レストランは富豪や美食家を集めて競い合うようになります。
さらに、レストランでの食事習慣がパリの市民の食習慣をも形作るようになりました。それまで宗教によって戒められていた食の贅沢や快楽。より良い食を求めることは恥ずべきことではなく、生活文化の一部であると、人々がとらえるようになっていきます。
こうした情勢を背景に、ガストロノミーの源流となる書籍を書き上げたのが、先ほど紹介したブリア=サヴァランなのです。
パリから始まった「ガストロノミー」はヨーロッパへと広まっていきます。
旅とガストロノミー
ガストロノミーは旅とも密接に関連しています。19世紀から20世紀初頭にかけて、ヨーロッパの上流階級や知識人たちは、美食や名物料理を求めて世界中を旅しました。
これにより、各地の食文化が交流し、新たな料理の創造や発展が促進されました。
日本でも古くからお伊勢参りなどの旅を通じて、旅先の楽しみとしてのご当地グルメが存在していました。
現代ではグローバリゼーションの進展によって、日本でもイタリアンがブームになったり、ワインブームが起きたりするなど、外国の料理が市民レベルにまで普及するようになりました。
食をたのしみに旅をすることもあれば、旅先で食をたのしむといったように、旅はガストロノミーとは切っても切れない関係なのです。
食の近代化
近年では、食品の工業的生産や畜産、遺伝子工学といったテクノロジーによって、食を取り巻く環境も変化しています。
遺伝子組み換え農作物は、害虫に抵抗性を持つトウモロコシ、有用成分を多く含むダイズなど、生産に大きなメリットをもたらす一方で、在来種と交配してしまったり、生物多様性を阻害してしまったりする懸念もあります。
また、食の資源の持続的な確保が懸念されている分野もあります。たとえば和食の中心となってきた魚などの水産資源です。
世界中で水産資源が利用されており、その消費量は年々増加しています。1974年には世界で90%の水産資源が適正水準あるいはそれ以下の低・未利用の水準で利用されていましたが、2013年には適正水準以下の利用は69%まで下がってきています。
また地球温暖化に畜産が与える影響も問題となっています。
牛の飼育は、温室効果ガス(GHG)の排出源として注目されています。牛の消化器官にはメタンを発生させる微生物が存在し、この微生物によって消化された飼料からメタンが放出されます。メタンは二酸化炭素よりも温室効果が強いため、同量の排出でも地球温暖化への影響が大きくなります。さらに飼料として大規模な牧草地や畑が必要となり、森林の伐採や湿地の開発など、生態系への影響が生じます。
そのため植物ベースの食事への転換など、たとえば大豆ミートを使った代替食品の活用が進んでいます。
(参考)水産庁 平成28年度水産白書 世界の水産資源の動向
ガストロノミーの構成要素
日本フードツーリズム学会初代会長の尾家建生氏によると、ガストロノミーは以下のような要素で構成されているといいます。
【ガストロノミーの構成要素】
・生産
・農業、漁業
・農水産物
・流通
・加工
・料理人
・料理法
・フードサービス
・祭り、儀式
・食習慣
・ワイナリー、醸造
・食文化
(『ガストロノミーツーリズム』尾家建生・高田剛司・杉山直美 より引用)
文化や歴史を知り、生産から流通、料理、その提供のされ方や、食べ方、一緒にたのしむ飲み物までが混然一体となって、ガストロノミーが構成されていると考えられます。
ガストロノミーの定義は時代とともに変わっており、こうした要素もさらに時代やかかわる人の志向の変化によって、さらに増えたり変わったりしていくでしょう。
まとめ|ガストロノミーの要素が多い和食
1980年代から起こったイタリアのスローフード運動、大ヒットとなった『南仏プロヴァンスの12か月』(ピーター・メイル著)など、決して食の贅を尽くすのではなく、私たちが生きていくうえで欠かせない食とどのように向き合っていくかという課題が、21世紀に入って一層スポットを浴びるようになりました。
和食においてもその流れは同じで、各地の郷土料理や発酵の文化・技術を再び見直す動きが高まっています。和食では、素材の良さや特徴を見極める調理技術が発達しています。古くからの保存食を活用したり、旨味を大切にしたりする独自性もあります。
ガストロノミーの要素は和食でも多く見つけることができます。その中には、驚くべき技術や持続可能な消費サイクルを築いている料理もあります。
私たちと食のこれからを、ふだんの和食・伝統的な和食から考えていきたいものです。